


(左から)生活協同組合コープしが 理事長 白石 一夫、漁師 銘苅 宗和さん、恩納村漁業協同組合 組合長 金城 治樹さん、株式会社井ゲタ竹内 常務取締役 竹内 周さん

近年、沖縄のサンゴ礁は、海水温の上昇や水質悪化など、さまざまな要因による白化現象が深刻化しています。保護活動が行われる中、2024年には大規模白化が起きました。遠く離れた滋賀県から沖縄の海を想い、私たちにできることは何なのか―。今回は、サンゴ礁の保全活動に取り組む恩納村漁協さん、井ゲタ竹内さんに、その現状や保全活動についてお話を伺いました。
白石 まずはそれぞれの組織の成り立ちや事業について詳しく教えてください。
金城 沖縄返還直前の1970年に恩納村漁業協同組合は設立されました。当時は海産物を獲るだけでしたが、現在は環境負荷の少ないアーサ(ヒトエグサ)、もずく、海ぶどうといった海藻養殖を行っています。
竹内 井ゲタ竹内は終戦2年後の1947年、鳥取県境港市で創業した水産加工会社です。創業者の竹内孝は旧満州へ出兵し、多くの戦友を失いながらもただ一人、故郷へ帰還した人物。そのような経緯から「人の役に立つ事業がしたい」と、まずは海産物が豊富な境港市で日々の健康を支える食品づくりを始めました。実は日本で最初にもずくを商品化したのも弊社でして、当時は境港市近郊でたくさんもずくが採れました。しかし、1980年代には磯焼けで天然の海藻が減少し、だんだん原料調達が難しくなりました。そこで、もずくの養殖を軌道に乗せている恩納村漁協さんとつながり、現在に至る関係を続けています。
白石 当初、お互いの印象は?
竹内 1984年頃のことですが、とにかく若い人たちが中心で活気がありました。
金城 当時はどれだけ品質にこだわってもほかの産地のもずくと一緒くたにされ、自分たちの良さを出せずにいた中で井ゲタ竹内さんと少量からお取り引きを始め、何年もかけて信頼関係を深めたそうです。
竹内 低温物流が未発達だった2004年頃、恩納村から届いたもずくの缶が高温でパンパンに膨らんでいたことがありました。その時は組合長を筆頭に漁協のみなさんが弊社を訪れ、「私たちの責任だからすべて引き取る」とおっしゃいました。もずくは1年に1度しか採れませんから、生産者としては大打撃です。そんな恩納村漁協さんの覚悟、真摯で真面目な対応が印象的でした。

白石 本当に誇りと魂をかけて強いつながりを築いてこられたのですね。コープしがとのつながりも長くなりましたね。
竹内 コープしがさんが合併される以前からの古いお付き合いですね。2015年に産直提携を締結し、昨年でちょうど10年。これまでは商品を介したつながりでしたが、この10年で人と人とのつながりがより一層濃密になったように思います。
金城 私たちは普段から向上心を持って生産に励んでいますが、やはり生協の職員さんや組合員さんと直接触れ合う機会があると、「もっとおいしいものを作ろう! 」という気持ちになります。それは特定多数の消費者で構成される生協さんとのお取り引きだからこそ感じるものだと思います。
白石 みなさんとコープしがが産直提携を結んだ10年前、私は竹内常務から今やもずくは人が育てるものであり、水産品として産直が成立する。だからこそ、作る責任と食べる責任、そして育む責任を一緒にやってみませんかとお声をかけていただきました。一方で、沖縄の海を守る大切さにも気付かされ、「恩納村コープサンゴの森連絡会」に参加させていただきました。それからはコープしがの内定者を毎年恩納村へ送り出し、もずくの生産現場やサンゴの育成を間近で見学することで、一つの商品にどれだけ多くの人の思いや努力が詰まっているかを学ばせています。現在の沖縄の海の状況についても教えていただけますか。
白化したサンゴ
サンゴのひび建て式養殖金城 残念ながら2024年、高水温などによるサンゴの白化現象が起きました。そもそも銘苅さんがサンゴを守り育てる活動を始めたのも、1998年に起きた大規模な白化現象がきっかけです。当時はまだ子どもでしたが、私もよく覚えています。ある月の夜、海中に目を凝らすと、サンゴが真っ白になっている。一見とても美しいのですが、それはサンゴが死ぬ寸前の色。サンゴと共生していた熱帯魚もいなくなり、海の中が一変しました。この惨状を目の当たりにした銘苅さんは、「子どもや孫にきれいなサンゴ礁を見せてやりたい」と、活動を開始しました。生協さんのお力添えもあって、たくさんサンゴを植えましたが、その約8割が2024年に死滅してしまったのです。
銘苅 1998年の大白化では、水深20mまでのサンゴが全部死にました。しかし、2024年の白化現象では、水深5mのところでまだ生き残りがたくさんあった。稚サンゴも育っていて、98年より被害はまだ軽い方でした。現在は生き残ったサンゴを育てて親サンゴとし、親サンゴに卵を産ませる有性生殖で多種多様なサンゴを育てています。
白石 銘苅さんたちが独自開発した養殖技法を「ひび建て方式」と呼ぶそうですね。
銘苅 海底に鉄筋を打ち込んでマグホワイトという自然由来の基板を固定し、その上に親サンゴをセットします。もともとはもずくの養殖技術で、鉄筋にくっ付いたサンゴの生育がとても良かったことから編み出した方法です。そもそも我々がサンゴの再生に力を入れるのも、サンゴのいない海中がとても汚れているから。海水の透明度が落ちれば当然、もずくの光合成が阻害され、成長が止まります。実際に1998年の大白化ではもずくが大凶作になり、もずくで生計を立てていた漁師たちが大打撃を受けました。だからこそ、我々の手でサンゴを再生する必要があるのです。
竹内 2000年代初頭には、デフレで原料単価が暴落し、もずく漁から離れる生産者が後を絶ちませんでした。そんな厳しい状況下で、なんとか銘苅さんたちを支援しながら恩納村漁協さんの努力や海の現状をきちんと消費者にお伝えせねばと思いました。そこで2007年に設立したのが「サンゴ再生もずく基金」。対象商品の売り上げの一部をサンゴ礁の再生事業に活用するというものです。これまでに延べ約1億人が参加し、約4万8000本のサンゴの苗が沖縄の海へ帰りました。
白石 恩納村漁協さんによる海の保全活動にはじまり、地元の農家はサンゴ減少の一因である赤土の流出を防ぐ農業に転換し、恩納村全体では「世界一サンゴと人にやさしい村」を標榜して“サンゴの村宣言”を行っています。組合員がもずくを食べることが保全活動を資金面でも支えることになり、もずくを育む海を守ることにつながります。「食卓から豊かな環境を守ろう」と伝えていきたいです。
コープしがでは、組合員が対象商品を利用することにより、1カップにつき1円が「サンゴ再生もずく基金」として恩納村漁協へ寄付されます。
